私の半世紀2
そして、最後の学校で、担任を外れた年のその4月に父が亡くなり、また、算数を3年生から6年生まで担当したのですが、ちょっと大変なお子さんがいて、父の葬儀の後始末がいろいろあったのと、母が初めての一人暮らしになり毎日3回くらい私の携帯に仕事中に電話を入れてくるのと、仕事の忙しさで、帯状疱疹になりました。父は生前、
「女で公務員は一番給料でも優遇されているから、絶対やめるな。」
と言っていた言葉がずっと私の中にありましたが、もう父が死んでしまったし、こんなにしんどいことを続けてて良いものだろうか、と思うようになりました。それに結婚して子どもができないことも気になっていました。
それで、その年の年度末に辞めたい気持ちが募り、先のブログで書いたように池川明先生の産婦人科を訪ねることになったのでした。
思えば、もうそのころには体力が落ち続けてきていて、もともとの疲れとなんのためにこの仕事をしているのだろうという気持ちとの合わさったものが子どもが欲しい、ゆっくり自分の人生を味わいたいという方向に向かわせたのかもしれません。それほど、20代後半から40代前半までは働きづめでした。
